分福茶釜

必要十分と、少しの贅沢

個性がほしい私が陥りがちなこと。

私たちはカテゴライズされるのが好きなんじゃないかなと思います。

 

キラキラ系、サブカル系、ナチュラル系、

セクシー系、癒し系、かっこいい系、サバサバ系

ドーリー系、モード系、ヴィジュアル系

地味系、肉食系、草食系

 

いろんな系統がこの世にはあります。

 

私はちょっと前にキラキラ系女子のツイッターアカウントをいろいろ見てました。

みんな一様にプロフィールには港区の文字と可愛いタレントやモデルの写真。

ヴァンクリのアクセサリーが好きで、医者や商社で働いている人と合コンしている。

自分のことをかわいいと愛していて、リッチな暮らしに猪突猛進していて、ぶさいくを見下す。そして必ず語尾に♡をつけてる。

 

そんな勝ち組みたいな女の子になりたいとちょっとは憧れたけど、みんな金太郎あめのように似ている。

 

○○系と呼ばれる人らはみんな一様に似ています。

 

みんなそれぞれ違う人間なのにこんなにファッションやライフスタイルが似ているとは不思議です。

 

私なりに考察してみたのですが、○○系に後乗りする人はアイデンティティが確立されてないんじゃないかなと思います。

日本はずっと周りに合わせる文化だから、自分の考えやスタイルがどうしても周りに強い影響を受けてしまう。

自分というアイデンティティがないのは不安だから、○○系を見つけて判断基準をその型に任せて安心する。

だから何かの型にはまるのは心地よいです。

○○系があふれるのはアイデンティティがない人が多いからではないでしょうか。

 

無個性が嫌で仕方ない人が何かの型にどっぷりとはまる。

でもその状態は没個性から脱してはいない気もします。

 

ほんとの意味で個性がほしいのなら 何かの型にはまるのをぐっと我慢して 新たな型を発明して創始者になるか、自分が心地よいものや好きなものをミックスして、時間をかけて自分らしさを作っていくしかなさそうだなと思うのでした。